作詞のハナシ-1文字で伝わる距離感-④
最初に。
これは、私が今まで関わってきた作曲家さんや作家さん
そして及川眠子さんのご本やその他の様々なところで吸収し
自分の感覚に合ったものを好んで用いているやり方なので
「違うよー」とか「合わないなぁ」と思った方はそっとページを閉じてください。
たとえば油絵、抽象画、水墨画、ペン画などと同じで、作詞の世界もいろんな正解があふれています。
創作は自分の感覚がとても優先される行為です。
ご自身の感覚を信じてください。
ただ、作詞作曲について学べば学ぶほど、
作家さんの努力や途方もない苦労が偲ばれて
なにより面白さにのめり込んでいる自分がいるので
その面白さや裏側をちらっとでも垣間見せたくて、想いがあふれたときに書いています。
昨日は、自分で作詞作曲した新曲のコードつけと仮歌を録っていただきました。
作業中スタジオで色々会話するのですが
いつもレコーディングをして下さる作曲家の中畑丈治さんがぽろっと言った言葉に、
「ああ、たしかになぁ」と思ったので今日はこのお話をしたいと思います。
MISIAさんの楽曲に「アイノカタチ」という曲があります。
CMでも流れてくる、サビのインパクトがとても強いラブソングです。
サビの歌詞
あのね 大好きだよ
あなたが心の中で 広がってくたび
愛が 溢れ 涙こぼれるんだ
「あのね 大好きだよ」
この一言だけで
相手との距離感を見事に言い表している
と中畑さんが言ったんですね。
この場合の距離感というのは、身体と身体の物体的なものではなく心理的な距離感のことです。
「あのね」
この三文字なんです。
サビ頭に「あのね」をもってこられるセンスなんです。
「あのさ」でもなく「ねえねえ」でもなく、やっぱり「あのね」なんですよね。
こう言われちゃったら、
かわいいし胸がきゅんとなるし
うん、俺も(僕も)(私も)大好き!!!
って思わず伝えたくなる。
たくさんの言葉を使わなくても、この一言だけで充分にどれだけ相手のことを想っているか、また、相手からこの主人公が想われているかも伝わってきます。
これ、実は相思相愛じゃないと言えない言葉なんです。
もし片思いだったら、こんな風に完全に気を許した言葉遣いにはならないから。
そして「あのね 大好きだよ」
このパワーワードだけでなく、メロディに乗った時の聴こえ方、言葉の響き、届き方、そしてMISIAさんの声、もっている雰囲気と楽曲のアレンジ、全てが調和していてバッチリ届いてくるんです。
「あのね」 だけで相手との距離感が見えるのです。
そしてもう一つ私から。
「広がってくたび」という言葉遣い。
広がっていく ではないんですよね。
くだけた言葉を遣っています。
それがまた相手との距離感の近さを伝えてくれているんです。
作詞って本当に奥が深くて、楽しい。
中畑さんから「アイノカタチ」の話を聞いてもう一つ思い浮かんだ曲がありました。
KinKi Kidsさんの「ボクの背中には羽根がある」という楽曲のサビ
ずっと君と生きてくんだね
ボクの背中には羽根があるどんな夢もかなう気がする 君を抱いて空も飛べる嘘じゃないよ 今"幸福"に触ったみたい
ずっと君と生きてくんだ「ね」、
この「ね」が凄いんです。
「ずっと君と生きていくんだ」にすると一人で心の内で決意している印象になります。
これがややくだけた言葉遣いで「ね」がつくだけで、恋人に対して語りかけているイメージ、距離感も当然近いです。
と言っても実際に声に出して語りかけているわけではないのでしょう。
たとえば隣にいる彼女の横顔を眺めながら。
たとえばすやすやと寝息を立てている彼女の寝顔を眺めながら。
心の中でふっと思ったのかもしれません。
そして「ね」がつくだけで、しみじみとした空気感も伝わってきます。
きっとこの歌詞に描かれている二人は、
付き合いたての恋に恋している恋愛初期の二人ではなく、もう少しじっくりと関係性を育んできた二人なんだな。
そういうことまで伝わってきます。
喧嘩もしたし色々ぶつかったり行き違ったりもきっとあったことでしょう。
そのすべてを乗り越えて今、こうして二人で一緒にいる。
さまざまな想いをすべて内包して出てきた言葉、そして一番伝えたい言葉を持ってくるサビの出だしが「ずっと 君と生きてくんだね」なのです。
さすがは松本隆さんです。最高です。
他にもこの歌詞には凄技が色々散りばめられているのですが、長くなるので今回はこの辺りで。
ということでまとめると
▶たった一文字で「相手との距離感」を伝えることができる
▶くだけた言葉遣いなのかどうかでも「距離感」が見えてくる
▶歌詞とメロディと歌い手の声、そしてアレンジの総合演出で作詞の世界観が何倍にも広がって伝わる
というおハナシでした。
0コメント