もし口がきけなくなったら
吉本ばなな著『N・P』の24頁に、
とある出来事がきっかけで声が出なくなってしまった主人公の心情の描写があります。
それがとてもユニークで印象的だったので、紹介します。
口をきかない、というのは言葉を失ってゆくことだった。
しゃべれなくなって2日間くらいは、
私はしゃべれたときとまったく同じ思考をしていた。
たとえば、姉に足を踏まれれば、「痛い。」とはっきり言葉で思った。
TVに知っている場所が映れば、「あ、ここはあそこだわ。いつロケしたんだろう。」とまるで口に出しているように思った。
それを音声にしないことで、微妙な変化が起こってきた。
言葉の後ろに広がる色が見えてきたのだ。
姉が私に優しく接しているとき、私は姉をピンクの明るい光のイメージでとらえた。
英語を教える母の言葉やまなざしは、落ち着いた金色、
道端で猫を撫でれば、手のひらを通して山吹色の喜びが伝わってきた。
そう感じて生きていると、言葉の持つ強烈な限定性が押しつけがましく思えた。
まだ幼かったから、肌身で知ったのだろう、私はそのときはじめて表現するはしから逃げてゆく言葉というものに、深い興味を持ったのだ。
瞬間と永遠を同時に含む道具。
口がきけなくなったら、自分にも色としての光が見えたりするのだろうか。
言葉って大切だけど、言葉だけに囚われるのは怖くて、でもやっぱり大切なんだよね、って思う今日この頃です。
だって人間なんだもの。
吉本ばなな『N・P』角川文庫 平成4年初版
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